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東京高等裁判所 昭和42年(行コ)39号 判決 1969年7月14日

川崎市渡田新田新町二丁目三〇番地

控訴人

川崎南税務署長

田中宗

右指定代理人

須藤哲郎

半田竜次

木村英一

右訴訟代理人弁護士

鵜沢晉

川崎市大師塩浜八一六五番地

被控訴人

和泉万吉

右訴訟代理人弁護士

根本孔衛

本永寛昭

右当事者間の所得税決定取消控訴事件につき、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審を通じて被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

第二、当事者の主張

当事者双方の事実上の主張は、左に掲げるほか、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

一、控訴代理人は左のとおり述べた。

1  本件交換契約により被控訴人が取得した別紙第二目録(一)の土地(以下本件取得土地(一)と略称する)について昭和三六年九月三〇日農地法第五条の許可がなされ、右許可は形式上譲受人有限会社和泉製作所に対してなされているが、それは被控訴人より右許可申請を依頼された館山芳郎が申請書の譲受人欄に誤つて右会社を記載して申請したことに基づく誤記にすぎない。その誤記であることは、右交換契約の当事者が被控訴人であり、右申請書の「権利を移転しようとする契約の内容」欄にも、契約の当事者を被控訴人としていること、交換登記以後も本件取得土地(一)は被控訴人個人所有のまゝ右会社が借用使用することと記載されていることによつても明らかであつて、右許可は真実は被控訴人に対してなされたことが明白であり、前記会社に対してなされたような形式になつているのは表示の誤りにすぎない。したがつて、右表示の訂正のため、昭和三七年一一月三〇日右許可が取消され、譲受人を被控訴人として右取得土地(一)について、農地法第五条の許可がなされ、登記についても、当初横浜地方法務局川崎支局昭和三七年五月二六日受付第一六二三二号をもつてなされていた右会社への所有権移転登記は、錯誤を原因として、同局昭和三八年九月三日受付第三二四七〇号をもつて抹消されるとともに、同局同日受付第三二四七一号をもつて被控訴人に所有権移転登記がなされたのである。以上のように、本件交換契約に基づく本件取得土地(一)についての農地法第五条による許可は昭和三六年九月三〇日、前記会社に対してではなく、被控訴人に対してなされたものである。

2  かりに、右会社に対する許可が誤記と認められないとしても、右許可は1のような経緯でなされたのであり、しかも右会社は被控訴人が代表者となつていた会社であるから実質的には被控訴人に対してなされたものとみるべきである。

3  かりに右許可が被控訴人に対してなされたことが認められないとしても、本件交換契約に基づき、被控訴人が上野運輸商会(以下上野運輸と略称する。)に譲渡した別紙第一目録(一)の土地(以下本件譲渡土地(一)と略称する。なお同目録(二)の土地を本件譲渡土地(二)と略称する。)については昭和三六年一〇月三〇日に農地法第五条の許可があり、同年中に上野商会に引渡され(したがつて原判決事実摘示中昭和三七年五月二六日右引渡しがなされたとの主張は右のように訂正する)、しかも本件取得土地(一)については同年中に被控訴人の指示により上野運輸において土盛り工事をしていたのであつて、右取得土地の提供者である武藤章造は右交換契約による所得を同年度の所得として申告、納税しているように、右契約の当事者等間においては右契約は同年中に発効したものと扱われ、しかもそれぞれ交換による利得を現実に支配しており、また享受する可能性もあつた。ところで、

(一) 所得税法においては、いわゆる実質課税主義の建前から、譲渡原因たる行為が厳格な法令の解釈上は有効とされないときでも、行為当事者間において有効なものとして扱われているかぎり、これを有効として課税すべきであるから、前述のごとく本件交換契約が契約当事者間において昭和三六年中に発効したものとして扱われている以上、同年度に右交換による所得があつたものとして課税したことは適法である。

(二) かりに右(一)の主張が認められないとしても、同様実質課税主義上、所得税法上の所得は、もつぱら経済的に把握すべきであつて、前述のごとく、被控訴人において昭和三六年中に右交換による利得を支配しており、享有し得たのであるから、同年度中に所得はあつたとみるべきである。

4  かりに右3の主張が認められないとしても、譲渡所得が課税の対象とされるのは、資産を譲渡してその対価を取得したからではなく、資産そのものの値上りによつてすでに資産の所有者に発生している潜在的な所得が、譲渡によつて顕在化したときに、これを譲渡取得として把握することが相当であるからである。したがつて、譲渡により対価を得たか否かは譲渡所得の発生に関係はないのであつて、前記3で述べたごとく本件交換契約により被控訴人が上野運輸に譲渡した本件譲渡土地(一)についての農地法第五条の許可、したがつてその所有権移転、右譲渡土地(一)(二)の引渡し等がいずれも昭和三六年中になされ譲渡が完了している以上、その対価である本件取得土地(一)について、取得の効力が完全には発生していなくとも、被控訴人のなした譲渡は昭和三六年中に確定し、その譲渡取得は同年度中に発生しているというべきである。

5  かりに、本件取得土地(一)の所有権が昭和三六年中に被控訴人に移転していなかつたとしても、本件取得土地(二)については、昭和三六年中に被控訴人にその所有権が移転しており、本件交換契約は右取得土地(一)(二)について不可分的になされたものではないから、右取得土地(二)にかんする範囲では同年度中に所得が発生しており、本件賦課処分はその中少くとも右所得に対する範囲で適法である。

二、被控訴代理人は左のとおり述べた。

1  控訴人の右主張1の(一)の事実中、本件取得土地(一)について昭和三六年九月三〇日農地法第五条の許可があつたことは認める。但し右許可は譲受人有限会社和泉製作所に対してなされたものである。また、右土地について控訴人主張の頃、右許可が取消され新な許可があり、その主張のような各登記のなされたことはいずれも認めるが、その余の事実は争う。同3の事実中、本件譲渡土地(一)についての農地法第五条の許可が昭和三六年一〇月三〇日になされたことは認めるがその余の事実は争う。右譲渡土地の引渡しがなされたのは昭和三七年八月以降である。

2(一)  控訴人主張のように、被控訴人が実質上経済的に利得を得た時に譲渡所得が発生するとしても、本件取得土地(一)について被控訴人に対して、農地法第五条の許可や、その所有権移転登記、引渡し等がなされるまでは、右経済的利得は実質的にも発生していないのであり、右許可登記、引渡しがなされたのは、いずれも昭和三七年以後であるから、昭和三六年中には右のような利得も生じていない。

(二)  本件交換契約において、右譲渡土地(一)、(二)と同取得土地(一)(二)が不可分的に交換せられたものであることは譲渡土地(一)(二)が昭和四一年七月一二日合筆され一筆の土地となつたことによつても明らかである。

第三、立証

被控訴代理人は、甲第一一号証を提出し、後記乙号各証の成立は不知と述べ、控訴代理人は、乙第一六ないし二〇号証を提出し、右甲号証の成立を認めた。以上のほか証拠関係は原判決事実摘示のとおりであるからここにこれを引用する。

理由

一、被控訴人が、昭和三六年七月一四日上野運輸との間で、被控訴人は自己所有の本件譲渡土地(一)(二)を上野運輸に譲渡し、上野運輸は武藤章造所有の本件取得土地(一)(二)を買い受けて被控訴人に譲渡する旨の交換契約を締結したこと、その交換の目的土地のうち、右譲渡土地(一)と同取得土地(一)が農地であつたことは当事者間に争いがない。

二、控訴人は、被控訴人には昭和三六年中に右交換による所得税法旧第九条一項八号による譲渡所得が発生したと主張するので判断する。

1  本件交換契約に基づく右譲渡土地(一)の権利の移転、転用につき、昭和三六年一〇月三〇日農地法第五条の許可があつたことは当事者間に争いがない。一方、右取得土地(一)についての同様の許可が、誰に対してなされたかは別として、同年九月三〇日になされたことも当事者間に争いがない。

(一)  ところで、本件取得土地(一)についての右許可が形式上譲受人を有限会社和泉製作所と表示してなされたことは当事者間に争いなく、控訴人は右譲受人の表示は、明白な誤記であつて右許可は被控訴人に対するものであると主張するので、まずこの点につき判断するに、成立に争いない乙第一一号証の一部、原審証人館山芳郎、同高橋宗秀の証言の各一部は右主張にそうが信用し難く、また(イ)前述のごとく本件交換契約の当事者が被控訴人であること、(ロ)成立に争いのない乙第一〇号証によると右許可申請書の「権利を移転しようとする契約の内容」欄には本件交換契約の内容が記載され且つ交換登記以後も被控訴人所有のまま和泉製作所使用の予定と記載されていたと認められることおよび(ハ)右和泉製作所の代表者が被控訴人である事実は当事者間に争いがないこと等、以上(イ)(ロ)(ハ)を総合しても、なお前記許可処分において譲受人を前記訴外会社としたのが単なる誤記にすぎないと断定するには不十分であるし、他に控訴人の右主張を認めるに足りる証拠はない。却つて、成立に争いない右乙第五、一〇、一一号証成立に争いない甲第一〇号証、右甲第一〇号証と印影の真正なことにより成立の認められる甲第三号証、当事者間に争いのない、その後右許可が取消され、あらためて被控訴人に対して農地法第五条の許可がなされたことを総合すると、被控訴人より右許可申請手続の依頼を受けた館山芳郎は右取得土地(一)が交換後和泉製作所において使用することとなつていたため右許可も同社名義で受くべきものと考え、譲受人同社名義で右許可申請をしたこと、そのため右許可も右申請どおり右会社にあててなされたこと、その後、右のような許可では本件交換契約にそわないので、被控訴人は右許可(以下旧許可という。)の取消しと改めて自己にあてた農地法第五条の許可を求め、昭和三七年一一月三〇日右取消しと新たに同条の許可(以下新許可という。)がなされたことが認められる。以上の事実によると昭和三六年九月一〇日本件取得土地(一)についてなされた旧許可が、譲受人を前記会社としていることは誤記ではないことが明らかであるから、控訴人の右主張は理由がない。

(二)  控訴人は右が誤記でないとしても、旧許可は実質上被控訴人に対してなされたものであると主張する。しかし、前記(一)判示の事実関係から見れば、旧許可が実質上被控訴人に対してなされたものと解すべき余地はない。農地法第五条の許可にあたつては権利移転の当事者、許可申請の当事者が誰れであるかはきわめて重要な要素であるから、前記(一)に述べたごとき経緯で右許可が前記会社名義で申請された以上、右会社あてになされた旧許可(その誤記でないことは前示のとおり)を実質上被控訴人に対してなされたものと解することはできない。よつて控訴人の右主張は理由がない。

(三)  以上のとおり、右取得土地(一)についての昭和三六年になされた許可は右会社に対するものであつて、被控訴人に対する農地法第五条の許可があつたのは昭和三七年一一月であるが、農地についての権利の移転は右許可によつてはじめて効力を生ずるのであるから、右取得土地(一)について本件交換契約に基づく権利取得の効力が被控訴人に生じたのも同年中新許可があつたときであることは明らかである。そして、成立に争いない甲第二、八、一〇号証、同乙第一一、一二号証、原審証人館山芳郎の証言によると、本件交換は、上野運輸において本件譲渡土地(一)(二)を一括して使用する必要があつたためになされたものであり、交換当事者間において譲渡土地(一)(二)、取得土地(一)(二)をそれぞれ一体不可分のものとするとともに、譲渡、取得の各土地をそれぞれ全体として相互に見合うものとして交換されたことが認められ、右認定に反する証拠はない。このように交換の目的物が双方とも複数であるが不可分とされ、相互に全体として対価をなしているときには、その目的物件すべてについて権利移転が可能となつたとき初めてすべての目的物件につき権利移転の効力が生ずるというべきである。したがつて、本件譲渡土地(一)についての農地法上の許可が昭和三六年中すでになされていたとしても、右土地の権利移転の効力はそのとき直ちに生じたものではなく、昭和三七年中本件取得土地(一)について被控訴人に対する権利移転につき前記新許可があつたときはじめてその効力を生じたというべきである。そして、所得税法旧第一〇条一項にいう収入すべき金額とは収入すべき権利の確定した金額をいい、譲渡所得についての権利確定の時期は法律上譲渡の効力が生じたときであると解すべきであるから、それは本件譲渡土地(一)についてもまた昭和三七年度であるといわなければならない。よつて、右土地譲渡の効力の生じたのが昭和三六年度であることを前提とし、同年度に譲渡所得の権利確定があつたとする控訴人の主張は理由がない。

2  次に控訴人は、実質課税主義の原則によると被控訴人に昭和三六年度に譲渡所得が発生していたとみられると主張するので判断する。(イ)本件譲渡土地(一)について昭和三六年一〇月三〇日農地法第五条の許可のあつたことは前記のとおり当事者間に争いなく、(ロ)原審証人関武の証言により成立の認められる乙第一三ないし一五号証と右証言ならびに成立に争いない甲第八号証によると、本件譲渡土地(一)(二)については、昭和三六年中に上野運輸が自己の使用の便宜のため、被控訴人の承諾をえて同地に土盛り工事をしていたことが認められるし、(ハ)前記乙第一二号証、原審証人高橋宗秀の証言によると、本件取得土地の提供者である武藤章造(この点は争いがない)は昭和三六年中に本件交換の効力が生じたとして同年度の譲渡所得税を支払つていること等がそれぞれ認められるが、一方、前述のように(a)昭和三六年中には本件取得土地(一)についての農地法上の新許可がまだなされていなかつたこと、(b)前記関武の証言により成立の認められる乙第九号証の一ないし八、前記乙第一一、一二号証、同館山芳郎の証言によると、本件取得土地(一)(二)についての上野運輸から武藤章造に対する土地代金の支払がおくれ昭和三六年中にはその一部しか支払われていなかつたために、同譲渡土地(一)(二)についての所有権移転登記も昭和三六年中にはなされず、同三七年五月になされていること(登記の点は争いがない)、(c)成立に争いない乙第一六、一七号証、前記甲第八号証、乙第一一号証によると本件取得土地については、被控訴人からの依頼によつてではあるが、昭和三七年五月頃までは上野運輸においてこれを占有し、その費用で埋立工事がなされていたことが認められるのであつて、これら(a)(b)(c)の事実と前記(イ)(ロ)(ハ)の事実とを対比して考えてみると、前記(イ)(ロ)(ハ)の如き事実があるからといつて直ちに昭和三六年中に被控訴人がすでに本件取得土地について事実上支配し、あるいは本件交換の効力が生じたと同様の経済的利得を享有していたとは認めることができないし、また本件交換契約の当事者等の間において交換がすでにその効力を生じたものと扱われていたと断定することもできない。そして、他に被控訴人が昭和三六年中に本件交換契約の効力が生じたと同様な経済的利益をえていたと認めるに足りる証拠はない。よつて控訴人の右主張も理由がない。

3  次に控訴人は、譲渡取得が課税対象となるのは、譲渡により対価をうるからではなく、譲渡を契機に潜在的な資産の増加が顕在化するからであり、したがつて本件譲渡土地の譲渡がある以上、本件取得土地についての権利移転がなくとも譲渡所得は発生していると主張する。しかし仮りに譲渡所得が課税対象となるのは右のような考え方に基づくものであるとしても、譲渡所得の発生のためには譲渡の目的たる権利移転が法律上または事実上実現していることが必要であることは明らかであるところ、すでに述べたように(理由二、1、(三))本件交換については、右取得土地(一)についての権利移転がまだ生じないために、その反対給付である本件譲渡土地の権利移転も昭和三六年中には法律上事実上効力を生じていなかつたと認められるのであるから、昭和三六年中には右譲渡所得は発生していなかつたといわなければならない。よつて控訴人の右主張も理由がない。

4  更に控訴人は本件取得土地(二)については昭和三六年度に交換により譲渡され、それに対応する範囲で本件譲渡土地の譲渡も同年度に効力を生じたと主張するが、既述(理由二、1、(三))したとおり本件交換契約は交換の目的物につき不可分的になされたものと認められるのであるから、これと異る見解に立ち交換の目的物の譲渡が可分なことを前提とする右主張は理由がない。

三、以上のとおりであるから、被控訴人が本件交換契約により昭和三六年中に譲渡所得をえたとの控訴人の主張はいずれも理由がない。したがつてその余の判断をするまでもなく本件課税処分のうち、右譲渡所得のあつたことを前提とする増加納付税額三、五一七、三六〇円および過少申告加算税額一七五、八五〇円の賦課決定は違法として取消すべきであり、これを求める被控訴人の請求を認容した原判決は相当である。よつて、本件控訴を棄却し、控訴費用について民事訴訟法第九五条、第八九条により主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 川添利起 裁判官 荒木大任 裁判官 田尾桃二)

第一目録

(一) 川崎市大師河原字塩浜耕地八二一二番三

宅地 四九五・八六平方米(一五〇坪)

現況 三七四・七四平方米(一一三坪三合六勺)

(二) 同所八二一七番二

宅地 二五一・二三平方米(七六坪)

現況 一八九・八八平方米(五七坪四合四勺)

第二目録

(一) 川崎市大師河原字塩浜耕地八三九番一

畑地 一、四七七・九三平方米(一反四畝一八歩)

現況 九八五・一二平方米(九畝二八歩)

(二) 川崎市大師臨港地帯土地区画整理地区第六区四六街地区二号

保留地 一三二・四六平方米(四〇坪七勺)

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